MASUDA Saori : Between Us 2019-2025 P98「人の風景」

P98「人の風景」


人の風景

眺めることが好きです。
できるだけ離れた場所から、見ていることが曖昧になるくらいの距離をとり、
広く、茫洋とした視野で、日々や人を捉えていたいと考えています。

日本画絵具を使った描き出しは、雨が降り、土地が削られて地形が形づくられていく様子によく似ています。
何を描くかは予め決めずに水を落とし、絵具を流し。
現れたかたちを探りながら描き進めるうちに、近い記憶や遠い昔の光景にたどり着きます。
完成に至る前に消えていく絵も多く、
それは、記憶を篩にかけるために必要な作業なのだと感じています。

水で絵具を広げることで自分の意思との境界を曖昧にし、
意図を持たない風景のように中庸な美しさを湛えた画面になることを理想としてきました。
制作過程では個人的な思考や心情も用いますが、 絵自体に込めるメッセージはなく、
自然の風景の様に意味や意思を発しないものでありたいと思っています。
けれど、それだけではどこか寂しい気がするので、人が持つ「情」のようなものが、
わずかに絵の中にとどまってもよいのではないかと思うようになりました。
作品には曖昧さや精神的な距離感を含んだ空間をつくりたいと考えています。

この世のものは絶えず変化していきますが、留めておきたい大事なものもたくさんあります。
それが何であったかを、日々の中ではどうしても忘れてしまうので、
人は何を見て、何を思い、何を考えるのか、ということについて、
一番身近な人である自分自身を用いて、思考の変遷や心の機微を風景の形に重ね、
できるだけ曖昧な形のまま視覚化したいと思っています。
見えない何かが、世界や人を構成していることにとても興味があるのです。
その始まりの場所を探すことは制作における大きなテーマの一つです。

描き、思考することで近視眼的な日常から距離をとり、
自分の場所から世界と関わりながら、人そのものを記録する様に描き、見てみたいと考えます。
人はいつかこの世からいなくなりますが、
存在の記憶までが共に消えてしまうわけではありません。
記憶は確かに存在するけれど、輪郭はなく、はっきりとした区切りを持たない。
それは風景にとてもよく似ています。

ないのにある、あるのにない。
どこまでも続く風景は、私に人の姿を想像させます。

美しい景色を見に旅に出て、美味しいものを食べ。
大切な人たちに尽くして、眠りを楽しんだり。
SNSでかわいいコアラを探して彷徨ったり。
そんなささやかで普通の日々も、私の絵の要素の一部です。

風景を眺めていると、普段は見えなくなっていた大切なものを思い出すことができます。
忘れたくないものを憶えているために、描き、見て、考え続けていきたいのです。

ALL-
P52「沈黙の世界」
P66「曖昧に見る世界」
P80「人の境界」
P98「人の風景」

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